VOL.4 マジック鱗のへび女

「うぎゃー!」

   

走って逃げようとする細い手首を、握りしめて離さない。

  

思う存分泣かせてから、やっと手首を開放すると、一目散に家に走る幼い妹。

  

追いかけてたどり着くと、決まって父から大叱責をうける。

  

実家のすぐ横には、小さい山といってもよいほどの大きな公園があり、

毎日のように遊びに出かけた。

  

ブランコやすべり台だけでは物足りず、新しい遊びを発掘せねばと、

少し薄暗い道の脇で、低い声でこう脅かす。

  

「おねえちゃんは、ホンマはへび女やねんでぇ~。」

  

袖をまくり、

  

腕にはあらかじめ仕込んでおいた鱗の落書き。

  

なんともしょうもない遊びであったが、小さい妹には、効果てきめん。

  

いつもの大叱責をうけながらも、何回かは、しつこく繰り返した覚えがある。

  

あれから数十年、

  

今、妹は弊社の経理すべてを担い、なくてはならない存在である。

  

私が独立してからずっと、縁の下の力持ちとして、

  

最大に尽力してくれている。

  

もしも今、妹のサポートがなくなれば、

  

今度はマジック鱗のへび女が、途方に暮れて撃沈し、

   

「うぎゃー!」と叫ぶ番である。

   

   

   

VOL.3 お厳しいのがお好き

キャンプでは、川魚をついて、枯れ木を拾い、火を焚き、食す。

海では素潜りで貝を採り、やすで突き刺し、タコを獲る。

滑り落ちそうな急な斜面でも、うまくバランスをとり、山菜を採ってくる。

しとめた鹿を持ち帰り(注釈:もちろん資格免許保持者です)

たたきから、ステーキ、赤ワイン煮込みと、
我が家では、一年中鹿肉ばかりを食したときもあった。


還暦となる今も、1000ccのバイクにまたがり、

野性的なことが大好きな夫は、

サバイバーである。


無人島でも生き残れるタイプである。


厳しい環境でこそ、力が発揮できるタイプである。


だから、

   

ぬくぬくとした環境をあたえてはいけない。

   

絶対に、甘やかしてはい~け~な~い~。

   


「厳しい環境こそがあんたの個性を光らせるんやで~~、へへへ~っ」と、

   

悪態づく私と出会って、30年。

   

そう、

   

夫が選んだパートナーも、

   

やはりお厳しいタイプの女であった。笑

    

   

VOL.2 愛の拷問マッサージ

とにかく肩が凝っている。いつも、肩が凝っている。
マッサージに行くと、ベテランらしき中国人の男性が片言で、
「おぉ、お客さんの背中、コンクリートは・い・て・ま・す・ね。」と言われて、なぜだか、
「すみません…。」と謝った記憶がある。近頃は、夕食の片付けが終わると、
決まってリビングのソファで始まる、半分恐怖のマッサージタイム。
昔ヨガを習っていた時に、一生懸命脳に指令を送っても、絶対に横に開かない足の指と指の間に
容赦なく入ってくる力強い手指。
第二の心臓やでぇ~といいながら、しごきあげるふくらはぎ。
肩甲骨の内側のツボをおさえながら、むりやり腕をまわされるというワケのわからん運動。
思うよりも力が強い一人娘が施してくれる、拷問に近いマッサージ。
「いたい~」「やめてぇ~」「きつくしないでぇ~~」と叫べば叫ぶほど、ニヤリとしながら続く拷問マッサージ。
しかしながら、マッサージを受けた後は、ずいぶん身体が軽くなる。 
なので、
やはり今夜も、マッサージして~と愛の拷問マッサージをリクエストする私であった…。

   

    

VOL.1 二人のオードリー

 

メイクアップ&ヘアスタイリング部門で

2度のアカデミー賞を獲得したカズ・ヒロが

映画の世界にとどまらず

現代美術家として活動しているドキュメント番組が放映された。

世界に大きな影響を与えた人物をモチーフに

立体的でリアルな顔のアート作品を制作しているのだが

血管やしわの一本一本

肌のキメから毛穴まで

細部にわたって再現された“顔”の像は

うなるほど素晴らしい。

そんな彼が

『ローマの休日』で世界中をとりこにした時の若き顔と

ユニセフ親善大使となり

飢餓の子どもたちを救うことに尽力した晩年の老いた顔の

ハリウッド女優

オードリー・ヘプバーンを制作していた。

その作品を発表した場でのこと

訪れた人々は

若き日のオードリーよりも

老いたオードリーの顔の前で思いを馳せ

長い時間佇んでいたそうだ。

ゲストの一人であった

世界的に著名な女優が

インタビューにこたえていた。

 

「不思議ね。

若き日のオードリーは完璧なほど美しいのに

なぜか

老いたオードリーの前に立つと

動くことができなくなるのよ。」


人の顔にはその人の人生が映っている。

どのように生きてきたのか

その生きざまを十分にかもしだす。


そして

それが魅力につながる顔になりたいものである。

年をとるのは

決して悪くない。

そして

こわくない。


私もアラ環と言われる世代になった。

これからも決して抗わず

前をみて

「今の顔」と共に 

生きていくのだ。

   

   

 

奥田浩子のBeauty Memories

「 自信の色(カラー) 」

”衝撃的であった。あまりにも色の対比が美しくて、目を見張った。”

メイクアップの仕事を始めて数年たった頃、自分の中に大きな疑問がわいてきた。
それは、メイクアップの色を決めるときに、一体何が根本になっているのかということであった。
その人が着ている洋服?トレンド?はたまたその人の好み?どのような場所に行くのか?なりたいイメージ?
そんな時にパーソナルカラーの理論と出会い、かれこれ30年以上が経ち、その出会いが、今まで仕事を継続できた大きな力となっている。その人がもつ身体の色と調和する色をコーディネイトすることは、メイクアップだけではなく、ヘアカラーやファッションなど、すべてにおいて有意義で、失敗もない。パーソナルカラーは春夏秋冬という4つのカラーグループにわかれており、自身のカラーグループを身につけると間違いなく美しく見えるのだが、逆に、こんなにも多くの人がいる中で、たった4つのグループにしかわかれていないのも事実である。例えば同じカラーグループが似合う人であっても、老若男女それぞれに個性があり、ナショナリティがあり、ライフスタイルがあり、またその人の好みもある。そういった場合、そのカラーグループをどのように工夫して使いこなすのかが、重要なポイントになっているように思うのだ。

”初めて見た時は、衝撃的であった。デザインされたような美しいボディーカラーは、ボディーメイクをしているのかと思うほどであった。尋常性白斑まだら肌の、世界を虜にするトップモデル、ウィニー・ハーロウ 。”

テレビのインタビューで、「あなたは、素晴らしく勇気があるのね。」というその問いに、
彼女はこう、答えていた。
「私は勇気があるんじゃない。私には自信があるのよ。」

人にパーソナルカラーをアドバイスするその前に、人にはその人の「色」がある。カラーを分析して、
人を美しくする手助けをすることは、本来のその人の個性に自信をもってもらうための、一つの
架け橋になるのではないだろうか。
ウィニー・ハ-ロウは、自らの個性を最高の武器にした。
私は、誰もが持っている最高の個性を自信につなげてもらえるように「自信のカラー」を届けたい。

「 踊る形(シェイプ) 」

何の意味があるのか、つまらない授業だと思った。アーティストでもあり、大学の教授でもあった先生の、その日の課題は「線を描く」ことであった。ケント紙1枚をわたされ、定規と2Bの鉛筆で、ひたすら線を描くのである。とにかく、何本も、何本も、直線を描くのである。そんな授業のことを今、仕事をしている時に、とてもよく思い出す。
その人に最も美しい眉を描こうとする時に、いつもケント紙と定規と2Bの鉛筆が脳裏をよぎる。眉は、ちょっとした筆圧や描くスピードで、その仕上がりが随分と違ってくる。レッスンでは、できるだけ優しく描いてね、と教えるのだけれど、筆圧の調整はなかなか難しい。きれいに描きたいと思う気持ちが、どうしても余計な力を加えてしまうのだ。

「見てごらん。よーく見てごらん。同じ線はなかなか描けないでしょう。たった1本の直線なのに。
それも同じ鉛筆を使って同じ定規をつかっているのに。同じ線じゃないでしょう。
同じ線を描くのさえ難しいのだから、線をつないで形(シェイプ)を描くのは、もっと難しいんだよ。
そして、同じステップをふむように、踊るように線を描くと、一つのストーリーが生まれるんだよ。」
これがその授業の合評会での、先生の教えであった。

どんな顔にも必ずストーリーがあり、その中での眉の範囲は決して大きくはないけれど、
大切なプロローグを担っている。
さぁ、あなただけのストーリーを華麗なるステップで、眉を描くことから、今日もはじめてみませんか。

「 尊い質感(マテリアル) 」

鏡に映った風呂上がりの自分の身体。
ちょっと待ってよ。誰かに似ている。あそことここを隠すだけで、そう、確かに、よく似ている。わぉ、自分の父親だ。
なんだか年々父親に、どんどん似ていくような気がする。もちろん性別は違うのだが、何が似ているのかというと、
それは質感(マテリアル)なのである。肌の厚みやきめ、隆起のしかたや、なんとな~く醸し出す様々なマテリアルが、とってもよく似ているのだ。
メイクアップにおいてマテリアルを表現するときには、まずは化粧品の選択、使用する量や順序、そしてタッチが重要である。同じ材料であっても、表情のでかたは実に様々で、まだアシスタントの頃、パフにパウダーをとり、掌でどれほど温めるかによってマテリアルが変わることに、心底感激したことがあった。それほどに、マテリアルの表現は繊細なものなのだ。

今まで親子や兄弟姉妹でお越し下さる方を数多くレッスンしてきたが、そこでよく感じる事は顔や形や声などより、
マテリアルがとてもよく似ている、ということである。そして、そのマテリアルを感じた時、なぜだか、ふっと幸せな気分をあじわえるのだ。
父親と自分のマテリアルが似ているように、私と娘のマテリアルもよく似ている。
年老いた父親の背中を熱くしぼったタオルで拭いていると、自分の老後の背中をみたように思う。
寒い季節に娘と二人、リビングのソファーでブランケットにくるまりテレビをみていると、
その若さの弾力に、なつかしさを感じることがある。
もしも育児に疲れはてて、自分の子を傷つけてしまいそうになった時、年老いた親が情けなくて
哀しい気持ちになった時には、ぎゅっと抱きしめたり、手を握ってみてはどうだろう。 
受け継がれていくマテリアルは、やさしくそして尊いものだと、気づけるのではないだろうか。

「 デザインの三大要素である 色(カラー)と形(シェイプ)と質感(マテリアル) 」

シュウウエムラのアトリエ時代に、デザインを構築するには、3つの要素が必要であると教えられた。
これは、人をコーディネイトする場合においても大変重要であるが、
まず、そのまえに、人そのものがクリエイティブである。
そして唯一無二の存在である人を、色と形と質感でデザインすると、その人は、より一層、
輝きをますように思う。
そして、人は、もっと、その人らしくなる。 
あなたは、あなたらしく、もちろん、私も、私らしく。

今は亡き世界的メイクアップアーティスト植村秀先生に、2019年今の私の思いを捧ぐ。